自分で会社をやろうと決めたときに、欲張りになろうと思いました。
私は(人がなんと言おうとw)案外、自分のことを関係調整型の人であると思っていました。そのため結婚してからというもの、休日に一人で出かけることもせず、趣味のギターもいつのまにか忘れ、差しさわりの無い趣味として読書や、家族で出かけるアウトドアなどにして、自発的にいいお父さんになろうとしました。
自分で、「自分にはこんな檻がにあってるかな?」と考えて勝手に檻に入り、自分で鍵を閉めて、「狭いけどしょうがないな」と思って座っていたのです。
本当に、なんてバカだったのでしょう。自分で自分を騙せると思っていたのですから。
そもそも、私は15歳から33歳まで、「タワケモノ」でした。ギターにサーフィン、酒に女。(注:女にはもっぱら泣かされていた)遊びに遊びました。
それが結婚するだけで、狸の置物のようにおとなしくなれると思うほうがどうかしているのですが、悪いことに、子どもが生まれたのをきっかけに移った職場がまた、とても管理の厳しい職場で、狸の振りを要求される場所でした。そのため、すっかり狸の仮面が板についてしまい、顔から離れなくなってしまったのです。
というわけで公私ともに狸の振りを10年以上していたら、すっかり元気が無くなってしまい、参った狸になって会社を辞めたわけです。
会社を辞めてしばらくすると、徐々に元気が出てきました。すると、狸の皮を突き破って、本来のタワケモノが顔をだしたではありませんか!それいらい、私のタワケモノの逆襲に奥さんもすっかり毒気に当てられて、最近はご機嫌は悪いものの諦めはついたらしい様子。
それ以来、私の「タワケモノ」は快調に暴走しています。
狸以前、タワケモノの私は何も考えずに望むものを追いかけていましたが、さすがに少し年も取りました。今の私の考えは、「まず自分が幸福になることが第一」です。自分が不幸ならば、幸福を人に分けることなど望むべくも無いからです。
思うに、大人のなすべきことは唯一つ、「与えること」です。愛情、お金、教育などなど、子どもは「与えられて」大きくなり、大人になって「与える」事ができるようになるわけです。与えるには、まず自分が持っていなければいけません。そのために、欲張りになることに決めたわけです。欲張りといっても、吝嗇とは違います。欲張りとは、手を差し出し、声を上げて「欲しい」と言えるようになることです。
最近誰かが「一つを取ったら一つを捨てなければならない」としたり顔で言ったのを聞いたときに「何でそんな考え方をするんだろう?」と真剣に訝しかったのを思い出しました。ってことは、今は本気で欲張りに成れているのかもしれませんね。